怖がり

初めてのことってとっても怖い。と実は思っている自分を最近新たに発見。

初めてのところに一人で行ってみたりとか、初めてのことを誰かに誘われる訳でなく自分でやろうと思ってやってみることとか、自分には必要なことだし楽しめてると思っていたが、なぜかああだこうだと理由を付けてやらないでいるなぁと、最近やっと気づいた。

やらないという選択肢を採る理由がもっともらしいので、(今でなくても良いでしょうとか、まだ私の用意が完全じゃないとか、今日は寒いからとか暑いからとか)まあそれはやらなくてもいいよなと何となく納得してしまうのだけれど、これってきっと自分の心に裏切られてるということなのだなぁ、と今さら『アルケミスト』の本に書いてあったことを思い出すのでした。

きっと、私の心は私が思い込んでいるよりもすごくすごく恐がりで、でも私の頭はそんな都合の悪いことは認めたくないので無視しているんだけれど、最終的には私の心が主導権を握ってしまって、いざとなると足がすくんで動けなくなるのだなぁ、とやっと実感。

今日も初めての試みをするつもりで家を出たのに、他の用事への用意はしていたけど、その試みをするための用意はきっちりしていなかった。そのことが結局自分への格好のいい訳になってしまって、結局やらずに帰ってきました。(用意をきっちりしていないという時点で、すでに心に拒否されてる。かもしれない)

やらないと決めた瞬間は気にならなかったけど、帰ってきた後に本当に自分にがっかりしてかなり落ち込んだ。でも、よくよく考えるとやっぱり、嫌な思いをしたり失敗するのが、ほんと単純に怖かったんだろうなぁ。

最近はとりあえず、自分で自分に<よしよし、怖かったんか?次はがんばろな>をしてあげます。

でも、これでかなり楽になってしまうので自分でもびっくり。怖いって思う自分をしっかり受け止めるだけでも楽になるのだということなのかな。

あるいは自分の中に、頭で動く自分と心で動く自分っていう二つのキャラをキープしておいて、対話させているみたいな。

恐がりな方の<彼女>(彼?)の話をゆっくり聞いてあげて、しっかりフォローしながら行けば、頭で動く私だけでは汲み取れない、私が本当に行きたくて幸せになれる場所に二人三脚で行けるのかもしれないなぁ。

「どうして僕たちは自分の心に耳をかたむけなければならないのですか?」
その日、キャンプの支度をしたあと、少年はたずねた。
「おまえの心があるところが、おまえが宝物を見つける場所だからだ。」
アルケミスト


そうなのだ。がんばろう。